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はせくらじけん
支倉事件
甲賀 三郎
「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页
お出で願われませんでしょうか」
支倉はじっと眼を瞑って考えていたが、警察の手配りが届いているのを観念したらしく、
「宜しい。何の用かは知らぬが、兎に角一緒に行きましょう」
「どうも有難うございます」
第二の難関を突破した石子刑事は再びホッとして礼を云ったが、未だ油断はなかった。
「直ぐ願えましょうか」
「えゝ、直ぐ行きましょう」
支倉は割に気軽く答えた。
「鳥渡着物を着替えますから待っていて下さい」
支倉が居間の方へ引下ると、石子刑事は直ぐに起上って、廊下に出て柱の蔭に隠れるようにしながら、じっと居間の様子を覗った。支倉の着物を着替えている姿が、チラ/\と見え隠れする。彼の筋張った手や、着物の端や、忙しそうに畳の上を這廻る帯の運動で手にとるように分った。
余りじっと見詰めていた事が彼の人格を無視し過ぎるとも思われるし、さっきからの気の疲れもあるし、石子刑事はふと庭に眼をやった。縁の直ぐ前にある梅の枝が処女の乳首のようなふわりと脹らんだ蕾をつけているのが眼に映った。やがて春だなあ、そう思って再び首を捻じ向けて居間の方を見ると、もう着物の端が見えない。気の故だか人気がないように思われる。