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はせくらじけん

支倉事件

甲賀 三郎

「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页

青空文庫

では、宜しく頼むよ」

石子はそう云い棄てると、さっと電車通りの方へ出た。そっと時計を見ると十時に十五分前である。彼は轟く胸を押えて、停留場の少し前の電信柱の蔭に隠れて、前後に激しく揺れながら疾走して来る電車をきっと睨んだ。

支倉がもし浅田の手紙を警察の罠ではないかと云うような懸念を持っていたら、彼も油断なく電車の中から外の様子を覗っているかも知れないが、疾走している電車の中からは外を観察すると云う事は困難であるし、それに混雑した昇降口から降りる時には、そう油断なく外へ気を配ると云う余裕がない。どうしてもそっと物蔭に隠れている者にすっかり身体を曝して終う。況んや支倉の方はそう云う用意がないとすると、どうしても覗っている石子刑事の方が勝を占める訳だ。石子刑事も又そこを計算に入れて、こうして柱の蔭から電車の乗降客を監視し出したのだが、さてやって見ると思った程楽な仕事ではない。後から後からと続いて来る満員電車の前後の出入口から一時に吐き出される人は可成数が多い。

こゝはもう終点に近いので、乗る客が割合に少いのは混雑をいくらか減少はしていたけれども、その一人々々を見逃さないようにするのは一通の骨折ではなかった。