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はせくらじけん
支倉事件
甲賀 三郎
「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页
「無論だとも」
渡辺は言下に答えた。
その日午後に又もや支倉から石子刑事に宛て一通の書留速達が舞い込んで来た。それには家の廻りなどをいくら警戒しても無駄な事だと云った意味が、前の手紙よりも一層愚弄的に書いてあった。
「畜生!」
石子は心の中で叫んだ。
「おのれ、今に見ろ、然し俺は冷静に考えねばならんぞ。こんな嘲弄的な言葉を書いて送って、捜索の方針を胡魔化す積りかも知れない。こう云う時こそ反って彼奴の家を厳重に見張る必要があるのだ」
其夜、石子と渡辺は特に八時頃から支倉の家を見張る事にした。生憎朝からドンヨリと曇り、寒空で、夜になってからは身を切るような木枯がピュウ/\吹いて来た。二人は帽子を眉深く被って襟巻に顋を埋めながら、通行人に疑われないように何気ない風をして家の附近をブラリ/\と歩いていた。連日の疲労と焦慮で二人はゲッソリ痩せていた。
主人のいない支倉の家はシーンとしていた。
細君は無論の事、女中さえも外出しない。出入りをする御用商人もなければ訪ねる客もなかった。夜が更けて来るにつれて往来の人も杜絶えて、万物皆凍りついたかと思われるようだった。