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はせくらじけん

支倉事件

甲賀 三郎

「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页

青空文庫

さっと黄色を帯びた温かい光が流れ落ちて、畳の目を鮮かに照した。夕闇は部屋の隅の方に追いやられた。

モジ/\していた支倉は神戸氏が静かに元の座に帰った時に、つと決心したように頭を上げたが、直ぐに力なげにうな垂れた。

息苦しいような沈黙が続いた。沈丁花の香が主客の鼻孔に忍込んでこの場を一層重苦しくするのだった。

支倉は再びきっと顔を上げた。

「先生」

彼は苦しそうに叫んだ。

「どうぞ笑って下さい。責めて下さい。支倉は哀れな人間です」

「どうしたのですか」

神戸氏は気の毒そうに彼を見た。

「話して御覧なさい」

「先生、私は卑しい人間です。私は弱い人間です」

口早にそう云い切った支倉は暫く息をついていたが、やがて悲痛な顔をしながら、

「先生、私の鼻を見て下さい」

神戸牧師は彼の真黒ないかつい顔の真中についている巨大な鼻をじっと見た。牧師は真面目に彼の鼻を観察した。

彼の真剣さは牧師に微笑だにさせる余裕を与えなかったのである。

「先生、私は性慾が旺盛なのです。私のこの大きな鼻がそれを証明しているのです」

神戸氏は別に返答を与えないでじっと気の毒な彼の興奮している顔をうち守った。