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はせくらじけん
支倉事件
甲賀 三郎
「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页
未だ片はつかんのか」
「はい」
石子は固くなりながら、
「未だ自白いたしません」
「そうか」
彼は軽くうなずいたが、支倉の方を向いて、
「おい、君、未だ片がつかんそうじゃね」
夜はもう余程更けている。花には未だ早いが折柄の春であり、宵のうちには一段の賑いを見せていた神楽坂の通りも、今は夜店もチラホラと通る人も稀であろう。風こそ吹かね、底冷えのする寒さは森々として身に染みる。火の気のない冷たい部屋で長時間続行訊問せられる支倉は身から出た錆とは云いながら憐である。
「おい、君、早く本当の事を云って終ったらどうだね」
署長は黙っている支倉に促すように云った。
支倉はじっと自分よりは七つ八つ若いと思われる署長を見上げた。
後に支倉が獄中で書いた日記を見ると、この神楽坂署の取調を想起して、
「十二時の鐘がゴーンと鳴ると、署長が亡者を責む地獄の鬼のように、ノッソリと現われる」
と書いてあった。
この事について神楽坂署が裁判所へ出した報告には、
「取調の都合上時に夜に到るまで訊問を続行し、十時過ぎに至れる事あり」
とあった。そのいずれが正しいか知る由もないが、兎に角、時の神楽坂署では夜遅くまで訊問を続行した事はあったらしい。