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はせくらじけん

支倉事件

甲賀 三郎

「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页

青空文庫

静子は夫の問いに答えようとしては意志の力では押える事の出来ない、泉のように湧いて来る歔欷の声に遮られて、容易に声が出ないのだった。

厳めしい警官達も顔を背向けずにはいられなかった。

漸く気を取り静めた彼女は激しくかぶりを振って、夫の問に答えるのだった。

「いゝえ、そんな事はありません。私は少しも後悔などはいたして居りません」

支倉は妻の健気な一言に激しい衝動を受けて、身体をブル/\慄せた。彼の顔面には感激の情が充ち満ちていた。

「ほんとうにお前はそう思って呉れるのか」

「はい」

妻の返辞は短かったが、犯すべからざる力が籠っていた。

「よく云って呉れた。お前のその一言はわしにどんなに心強く響く事であろう。わしは実に幸福だ」

支倉は眼を活々と輝かして妻をじっと見つめていたが、やがてふと思いついたように、

「そうだ。お前も差向き何かと不自由であろう。今わしは八十円程金を持っている。署長さんの手許に保管してある筈だから、わしはそのうち二十円もあれば好い。残りの六十円はお前に遣るから好いようにして呉れ」

「いえ、いえ」

静子はハンカチを眼に押し当てゝ、激しくかぶりを振りながら、