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はせくらじけん
支倉事件
甲賀 三郎
「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页
俺は今日限り俺の魂を悪魔にやって終うのだ。天地の間に充ちている悪鬼妖精、其他もろもろの邪悪の徒は聞け。支倉は今日只今より悪以外の事は何事もしない事を誓う。俺はそれによって、今日まで俺を苦しめたこの忌わしい社会、権謀と術数と、姦詐と陥穽に充ちた人世に一大復讐を遂げてやるのだ」
支倉のかっと見開いた眼は見る/\吊上り、口は耳まで裂け、真紅の舌からは血汐が滴るかと見えた。静子は恐怖に顫えながらガバとつっぷした。
悪鬼の姿に変じた支倉は尚も怒号を続けた。
「俺は死なゝい。断じて死なゝい。生きながら悪魔に化すのだ。俺を苦しめた奴等を片っ端から、呪って/\呪い抜くのだ!」
「あ、あなた」
静子は必死の声を絞って叫んだ。
「そ、そんな恐ろしい事は止めて下さいまし。身に覚えのない事ならいつかはきっと晴れます。冤罪で死んだ者は安らかに何の苦痛なしに主の御許に行く事が出来ます。どうぞ、どうぞ悪魔の味方になる事は止めて下さいまし」
「ならぬ、ならぬ、俺は呪うのだ。己れ、庄司、神戸、神楽坂署の刑事ども、俺の呪をきっと受けて見よ。静子、お前との夫婦の対面も之限りだ」
そう云いすてゝ支倉は忽ち身を飜えしていずくともなく立去ろうとした。