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はせくらじけん

支倉事件

甲賀 三郎

「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页

青空文庫

「それは私にも分りませんが、兎に角見たいと申して居りますから貸してやって頂けませんでしょうか」

「貸す事は一向差支ありません。では鳥渡お待ち下さい。探して見ますから」

神戸牧師は立上って隅の本箱の前に行き、抽斗を開けて暫くゴソ/\と音をさせていたが、やがて一束の手紙を手にして、元の座に戻った。

「当時支倉から来た手紙は之だけ残って居ります」

神戸牧師は手紙の束を木藤の前に押し遣りながら、

「多分之で全部だと思います。私も後にこんな面倒な事件が起るとは夢にも思いませんでしたから、一々保存をして置かなかったかも知れません。之でお役に立つならどうぞお持ち下さい」

「そうですか。どうも有難うございます。支倉もきっと先生の御好意を喜ぶ事でしょう」

木藤は手紙の束を無雑作にポケットにつっ込んだ。

神戸牧師は支倉の希望だと救世軍の木藤大尉の云うがまゝに、支倉が牧師に宛てた古手紙一束を貸し与えた。

木藤大尉は感謝の言葉を述べて、今後の事を呉々も頼んで辞し去った。

大尉の去った後で、牧師は軽い懶さを覚えながら、一点疚しい所のない彼の公明な行動を、どこの隅からか、支倉が恨めしそうな顔で非難しているように思えて、ともすると灰色の不快な雲が頭に蓋い被さるのだった。