轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
はせくらじけん
支倉事件
甲賀 三郎
「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页
彼の悪は宗教でさえ救い得ない悪であった。
保釈願
支倉は一身を悪魔に捧げ、智嚢を傾けて、一刻たりとも生命を延ばし、恨み重なる周囲の者に一寸でも多く傷をつけてやろうと、あらゆる努力を試みたが、中にも最も執拗に希望したのは、あわれ、今生の思い出に今一度娑婆の様子を一眼たりとも見、自由な明るい空気を一息たりとも吸い、あわ好くば恨めしき者共に一泡吹かせたいと云う果敢い望みだった。彼は元より死刑を逃れる道のない事を覚悟していた。そこで彼の考えたのは保釈の一事あるのみで、一方では公判を出来るだけ延ばし、保釈の目的を貫くために必死のみじめな努力をしたのである。彼は幾十通の保釈願いを出した事であろうか。而もいつも極って、不許可と云う情ない決定を下されたのだった。
彼の最初に出した保釈願は大正十一年十月である。
「一、私は一審で誤判されとるような事、夢さら/\やっていません。やっていないと云う事は庄司利喜太郎氏が後で裁判長の家に持参して皆出すと約しとる元高輪署の勝尾警部の手に成った三調書及保険会社の其当時の書類、次に自分は大正六年二月深川区古石場荒巻方二階に置いてあった孤児院建設趣意書、同絵葉書、尾島と自分とが相往復した手紙並に自分が浅田と松下一郎名義にて相往復した手紙、次に庄司は神戸氏と母校を同じゅうしとると