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ほうろうさっかのぼうけん

放浪作家の冒険

西尾 正

「探偵春秋 第一巻第三号」春秋社、1936(昭和11)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,694 字 · 33 页

青空文庫

おれはそこにたたずんだまま、しばしはせんこくの戦慄もうちわすれ、河よ、いかなれば汝、かくもくるおしくわが肺腑をつくぞ、とせりふもどきでつぶやきつつ、漫たる水のながれをながめていた。たかい月がおれの頭のうえにあった。するうちに気分がだんだん幻想にひやくしていって、今夜の事件はカルコあたりにはなしてやれば、器用な先生のことだから、“L'homme traqu※(アキュートアクセント付きE小文字)”ばりの犯罪夜話をでっちあげるかもしれぬぞと思い、それとなくその散文のアトモスフェエルを、ああでもないこうでもないとかんがえはじめた。人殺しのあった娼家に「その夜の男」がなにか持ちものをおきわすれて容疑者に擬せられる、こういう恐怖心理もトリヴィアルではあるが微細に描出すればすぐれたロマンになるかもしれぬ、その証拠物件にはなにがいいだろう、万年ペンはどうかな、万年ペン、万年ペン、万年ペン……とぼんやりつぶやいているうちに、はっとあることに気づいて、あわてて体じゅうのポケットをさぐった。

ない、ないんだ、おれの万年ペンが。

おれはとんでもないしくじりをしでかしてしまった。