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せいじとさっかのげんじつ

政治と作家の現実

宮本 百合子

「文学」1947(昭和22)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,700 字 · 37 页

青空文庫

推薦原稿をそのままのせたりはしなくなっている。『星』に編輯会議はなかったのだろうか。『レーニングラード』編輯局はただ一人で構成されていたのだろうか。

読者にうけるという編輯、出版者にとっての最大誘惑に、『星』も『レーニングラード』も負けたのだと思う。作家もこの誘惑には負けやすくて、思わぬ作家が思わぬ顛落ぶりを示した例は、日本にもどっさりある。いちじるしい顛落はしなくても、「中国文芸の方向」のなかで警告されているとおり、作家がこれによって自大主義に毒されやすい。文学上のボスになりやすい。

ゾシチェンコやアフマートヴァが、それなら、どうしてソヴェト市民の一部に好かれたのだろう。ちょうど第一次五ヵ年計画のはじまる前後、一九二〇年代の後半、私がモスクワにいた時分、エセーニンの詩が一部に愛好されていた。エセーニンは、さまざまの問題はあろうとも、詩というものをつくった詩人であったことは疑いない。彼の哀愁にみち、生きる目的を見失った、旧きロシアの魂のメロディーをくつがえす詩は、一部の人にもてはやされた。そしてある種の外国人はソヴェト文学はファデーエフやショーロホフによって代表されるという概括に反対して、いや、今でもエセーニンの人気は大したものだ、と抗議した。