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けいごろん

敬語論

坂口 安吾

「文藝春秋 第二六巻第七号」1948(昭和23)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,289 字 · 11 页

青空文庫

ソウダワ、とか、ダワヨ、アソバセ、というような女性語は流行の衣裳や化粧と同じような、一種の装飾的な自己表現でもある。

女性にユニフォームを定めて、これ以外の如何なる衣服も用いてはならぬ、そういう社会制度を望まれる人士は女性語を禁じて標準語を強制すべきであろうが、そのような社会制度が不当であるかぎり、女性語の禁止も無用のことであろう。

つまり、言葉というものは、言語だけの独立した問題ではなくて、それを用いる人間の嗜好や、教養が言葉の根本的なエネルギーをなしているのである。そのエネルギーが言葉を時代的に変化せしめて行くもので、言葉の向上を望むなら、教養の向上を望む以外に手はない。

ザアマス夫人というのがある。キザの見本だというので漫文漫画に諷刺され世間の笑いものになっているから、自粛するかと思うとそうじゃない、伯爵夫人でも重役夫人でもない熊さん八さんのオカミサンが、とたんにザアマスをやりだして、人に笑われて得々としている。人に笑われることによって、自らも伯爵夫人の威厳を身につけた如くに心得ているらしい。要するに言葉の問題は教養自体が問題なのだ。

ヨーロッパに女性語がないというのはマチガイだ。