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けいごろん
敬語論
「文藝春秋 第二六巻第七号」1948(昭和23)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,289 字 · 11 页
近ごろは商売仇も現れて、お世辞の必要があって、イラッシャイ、毎度アリ、などゝいう言葉もきかれるようになったが、かくの如く簡単に、言葉というものは生活に即しているものなのである。
もしも敬語というものがなく、「汝何を吾に欲するや」という一語しかない場合、戦争中の日本商人は仏頂面に客を睨めまわしてその言葉を云い、終戦後の今日はモミ手をしてニコヤカにそれを言うであろう。敬語の代りにモミ手とニコヤカがあるわけで、そこに実質的な何らの変りもありはせぬ。日本商人の敬語が悪いというなら、モミ手もニコヤカも悪いというだけのことである。
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言葉というものは、それが使用されているうちは、そこにイノチがあるものだ。
十年ぐらい前から、ラジオや新聞の天気予報に、明日は晴レガチのお天気です、とやるようになったが、大体古来の慣用から云えば、何々シガチというのは、悪い方向に傾いて行くときを云うのであって、病気シガチだとか、貧乏シガチだとかと云う。決して丈夫になりガチだの、金を儲けガチだのとは言わないものだ。天気の場合はクモリガチとは云ったものだが、晴れガチなんて慣用はなかった筈だ。