轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
ぶんだんはどうなる
文壇はどうなる
宮本 百合子
「時事新報」1931(昭和6)年5月17、18日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,445 字 · 5 页
面白くない。だからジャーナリズムは、原稿料が高くなくて実際の大衆の生活と密接な、そして生き生きした、ほんとうの世界的感情を盛り込んだプロレタリア文学を喜ぶ。大衆がそれを喜ぶからジャーナリズムも喜ぶのだ。いわゆる今の文壇は、そういう盛り上って来る新しい力に対して中間的または反動的ブルジョア・インテリ作家が造っている一種の商業的ブロックだ。
昔、西園寺公が夏目漱石を筆頭に、文壇的名士を招待したことがあった。その時、漱石は、句は忘れたが、折角ほととぎすが鳴いているが、惜や自分は厠の中で出るに出られぬという意味の一首を送って、欠席したという話がある。その時、漱石は仕事がひどく忙しかったらしいと思われるが、ふだんから漱石は政治家嫌いだった。代議士になるのなんかは、馬鹿だと云った。政治に対して絶対不干渉の態度を持つことは、ずっとブルジョア文壇の特徴だった。しかし現在日本のブルジョア文壇が、世界的新興勢力を文化的に代表するプロレタリア文学に対立している以上、文壇的ブロックはただいわゆるどこに在るか判らない文壇という壇上に止ってはいない。ハッキリ反動勢力の御用をつとめていることになる。