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ぶんがくにかんするかんそう

文学に関する感想

宮本 百合子

「プロレタリア文学」日本プロレタリア作家同盟機関誌、1932(昭和7)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,671 字 · 17 页

青空文庫

という単純な意気込みだけでもだめである。「瘠せ馬」であると林を歎息せしめた日本のブルジョア文学がなぜ瘠馬であるか、ゲーテはなぜゲーテであり得たのか、その歴史的必然性を、プロレタリアの世界観のみが把握しているところの唯物史観的国際性によって検討し、その検討の階級的精密さ、科学的尖鋭さが、ひるがえって今日のわれらの現実に及んだ時、はじめてマルクス・レーニン主義の世界的レベルをあらわす文学をわれわれプロレタリア作家が各自のモメントにおいて創り得るのである。もとより単なる文学の教養の問題ではない。

進んで筆者は日本におけるプロレタリア文学運動の新たな課題としてわれわれの前にある政治の優位性の問題ならびに組織活動と創作活動の弁証法的統一の問題にふれている。同盟内でも多くの理解の不足を示し、また敵の攻撃が集中されたこの重大な問題について筆者は貧弱にふれている。「政治主義」と「文化主義」という二つのものを認識の根柢においては対置させつつ、「文化主義を裏がえしにしたもの」が政治主義的偏向であったとかたづけている。組織活動と創作活動との統一の問題も紙数がたりなかったためか、その問題の提起者であり解決者であるサークル活動の具体性、サークル活動は何を作家に与えるかという実際問題まで切り下げていない。