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ぶんげいじひょう
文芸時評
宮本 百合子
「中外商業新報」1937(昭和12)年7月30日~8月1日、3日、4日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,097 字 · 15 页
八月の稲妻
読みたいと思う雑誌が手元にないので、それを買いがてら下町へ出た。町角と云わず、ふだんは似顔描きが佇んでいるようなところにまで女や男のひとたちが、鬱金の布に朱でマルを印したものと赤糸とをもって立っていて女の通行人を見ると千人針をたのんでいる。出会い頭に、ああすみませんがと白縮のシャツの中僧さんにたのまれたりして、小一時間歩く間に私は四五度針をもった。私は何か一口に云いきれない苦しい心持で光る針に三遍赤糸をからめては小さいコブをこしらえて、お辞儀をしてかえした。外科的な専門の立場で云うと、千人針を体につけていて弾丸に当ると、弾丸の方は比較的たやすく抜き出すことが出来るが、小さい糸こぶをもった布切れがどうしても傷の奥ふかく食いこんでのこって生命のために危険なのだそうである。こうやって道行く人々をとらえてその千人針を懸命にこしらえている人々は、そういう事実を恐らくは知っていないであろう。知っているにしても、せめてはそれも心やりからで、出征してゆくものの無事息災を希う家族の気持がじかに迫って来て、縫うことを冷たく拒み得ないものがある。