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ぶんげいじひょう

文芸時評

宮本 百合子

「中外商業新報」1937(昭和12)年7月30日~8月1日、3日、4日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,097 字 · 15 页

青空文庫

二つの論文が、永遠の青春とか変貌とかいう用語や非難しようとする対象に於てまで完全に呼応した一致を保って批評の科学性を否定しているところは、読者に何を暗示するであろうか?

もし、両者の間に些かの相違を見出そうとするならば、小林氏が「ごく常識的に考えても世間には芸術の仕事と科学の仕事との対立が見られる」各自その分野を守って仕事しているのに、或る批評家はその間をどっちつかずにいると批評家にふさわしくない俗見に立って罵っているに対して、亀井氏は「科学的」という文句を、今日或る意味での世界的チャンピオンであるトロツキーがつかっているように主観的に使用し「素朴な実証的な研究」即ちそれを通じてのみ、古典美への信仰に入ることが出来、「科学的認識は芸術的享楽の中枢に参画する」ことが出来るとしているところが違うと云えば云える。しかし、歴史の光に照して見れば、後退的な「素朴な実証」主義の合理化、憧憬は、小林氏の心持をもつよく引いていて、この批評家もやっぱり文中に福沢諭吉の少年時代の逸話を引用して、近代の科学は「いつも人間的才能を機械的才能に代置するという危険な作業」