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だんぺん(いち)
断片(Ⅰ)
寺田 寅彦
「明星」1922(大正11)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,760 字 · 4 页
こんなきたない水を飲んだのだろうかと思うと厭な心持がした。馬の唇にはやはり血泡がたまっていた。
私は平生アンチヴィヴィセクショニストなどという者に対して苦々しい感じを抱いている。また動物虐待防止という言葉からもあるあまり香ばしくない匂を感ずる。しかしこういう場合に出逢ってみるとやっぱり馬が可哀相になる。馬士も気の毒になってよさそうな訳だが、どうもこの場合馬の方に余計に心をひかれる。
つまり馬の方は物を云わないからじゃないかと思う。
二
頭が悪くて仕事が出来なくなったから、絵具箱をさげて中野まで行った。
鉄道線路脇のちょっとした雑木林の陰に草を折り敷いて、向うの丘陵に二軒つづいた赤瓦屋根を入れたスケッチを始めた。
すぐ眼の前の道路を通行する人は多いが、一人も私の絵など覗きに来るものはない。おそらくこの辺では私のような素人絵かきはあまりに珍しくなさ過ぎるのかもしれない。
そのうちに一人物腰などからかなりの老人らしく思われるのがやって来て、私の右にしゃがんでしばらく黙って見ていたが、やがてこんな問答がはじまった。
「しょうべえに描くのですか、娯楽のために描くのですか。