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しんぱん ほうろうき

新版 放浪記

林 芙美子

「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 页

青空文庫

」

寝ぶそくなはれぼったい時ちゃんの瞼を見ていると、たまらなくいじらしくなって来る。

「時ちゃん、その指輪はどうして?」

かぼそい薬指に、白い石が光って台はプラチナだった。

「その紫のコートはどうしたのよ?」

「…………」

「時ちゃんは貧乏がいやになってしまったのねえ?」

私は階下の小母さんに顔を合せる事は肌が痛いようだった。

「姉さん! 時坊は少しどうかしてますよ。」

水道の水と一緒に、小父さんの言葉が痛く胸に来た。

「近所のてまえがありまさあね、夜中に自動車をブウブウやられちゃあね、町内の頭なんだから、一寸でも風評が立つと、うるさくてね……」

ああ御もっとも様で、洗いものをしている背中にビンビン言葉が当って来る。

(二月×日)

時ちゃんが帰らなくなって今日で五日である。ひたすら時ちゃんのたよりを待っている。彼女はあんな指輪や紫のコートに負けてしまっているのだ。生きてゆくめあてのないあの女の落ちて行く道かも知れないとも思う。あんなに、貧乏はけっして恥じゃあないと云ってあるのに……十八の彼女は紅も紫も欲しかったのだろう。私は五銭あった銅銭で駄菓子を五ツ買って来ると、床の中で古雑誌を読みながらたべた。