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しんぱん ほうろうき

新版 放浪記

林 芙美子

「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 页

青空文庫

「オイ! 姉さん、五銭ほど俺にくんないかね……」

驚いて振り返って見ると、垢もぶれな手拭を首に巻いた浮浪者が私の後に立っていた。

「五銭? 私二銭しか持たないんですよ、電車切符一枚と、それきり……」

「じゃア二銭おくれよ。」

三十も過ぎているだろうこのガンジョウな男が、汗ばんだ二銭を私からもらうと、共同便所の方へ行ってしまった。あの人に二銭あげてあの人はあんなに喜んで行ったんだから、私にもきっといい事があるに違いない。玩具箱をひっくり返したような公園の中には、樹とおんなじように埃をかぶった人間が、あっちにもこっちにもうろうろしている。

茅場町の交叉点から一寸右へはいったところに、イワイと云う株屋がみつかった。薄暗い鉄格子のはまった事務室には遊び人風の男や、忙がし気に走りまわっている小僧やまるで人種の違ったところへ来た感じだった。

「月給は弁当つき三十五円でしてね、朝は九時から、ひけは四時です。ところで玉づけが出来ますかね。」

「玉づけって何です?」

「簿記ですよ。」

「少しぐらいは出来ようと思います。」

まあ、月給が弁当つき三十五円なんて! 何とすばらしい虹の世界だろう――。