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しんぱん ほうろうき

新版 放浪記

林 芙美子

「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 页

青空文庫

何の涙でもない。白々とした考えのない涙が、あとからあとからあふれて、沈黙ってしきいの所に立って長いこと泣いていた。

「ここへ来るまでは、すがれたらすがってみようと思って来たけれど、宿の小母さんの話では、奥さんも子供もあるって聞きましたよ。それに、町のストライキを見たら、どうしても、貴方に会って、はっきりとすがらなくてはいけないと思いました。」

沈黙っている二人の耳に、まだ喚声が遠く聞えて来る。

「今晩町の芝居小屋で、職工達の演説があるから、一寸覗いてみなくては……」男は、自分の腕時計を床の上に投げると、そそくさと町へ出てしまった。私は、ぼんやりと部屋で、しゃっくりを続けながら、高価な金色の腕時計をそっと自分の腕にはめてみた。涙があふれた。東京で苦労した事や、裸で門を壊していた昼間の職工達の事が、グルグルしていて、時計の白い腹を見ていると目が廻りそうだった。

(八月×日)

宿の娘と連れだって浜を歩いた。今日でここへ来て一週間にもなる。

「くよくよおしんさんな。」私は何もかもつまらなくなって呆然としていると、宿の娘は私を心配してくれている。何も考えてやしない。