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しんぱん ほうろうき
新版 放浪記
林 芙美子
「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 页
電線が風ですさまじく鳴っている。木賃宿の片隅に、この小さな私は、汚れた蒲団に寝ころんで、壁に張ってある大黒さんの顔を見ながら、雲の上の御殿のような空想をしている。
(国へかえってお嫁にでも行こうかしら……)
*
(四月×日)
今日はメリヤス屋の安さんの案内で、地割りをしてくれるのだと云う親分のところへ酒を一升持って行く。
道玄坂の漬物屋の路地口にある、土木請負の看板をくぐって、綺麗ではないけれど、拭きこんだ格子を開けると、いつも昼間場所割りをしてくれるお爺さんが、火鉢の傍で茶を啜っていた。
「今晩から夜店をしなさるって、昼も夜も出しゃあ、今に銀行が建ちましょうよ。」
お爺さんは人のいい高笑いをして、私の持って行った一升の酒を気持ちよく受取ってくれた。
誰も知人のない東京なので、恥かしいも糞もあったものではない。ピンからキリまである東京だもの。裸になりついでにうんと働いてやりましょう。私はこれよりももっと辛かった菓子工場の事を思うと、こんなことなんか平気だと気持ちが晴れ晴れとしてきた。
夜。
私は女の万年筆屋さんと、当のない門札を書いているお爺さんの間に店を出さして貰った。