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しんぱん ほうろうき

新版 放浪記

林 芙美子

「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 页

青空文庫

十三屋の櫛屋の前に、艶歌師がヴァイオリンを弾いていた。みどりもふかきはくようの……ほととぎすの歌だ。随分古めかしい歌をうたっている。

いっとき立ちどまってきく。年増のいちょうがえしの女がそばに立っていた。昔、佐世保にいた頃、私はこの歌をきいた事がある。誘われるようななつかしさを感じる。

艶歌師がうたってくれるようないい小説が書きたい。だけど、小説は長ったらしくてめんどうくさい。ルパシカを着て、紐を前で長く結んでいる艶歌師の四角い顔が、文章倶楽部の写真で見た、室生犀星と云うひとに似ている。

路地をはいってゆくと、湯がえりの階下のおばさんに逢った。おばさんは洗濯物を夜干していた。

「部屋代、何とかして下さいよ。本当に困るンですからね……」

はいはい、私だって本当に困るンですよ。じっさいのところ、私だって苦労しつづけたのですよと云いたかった。

明日は玉の井に身売りでもしようかと思う。

(五月×日)

地虫が鳴いている。

ぷちぷち音をたてて青葉が萌えてゆくような気がする。夜中だ。おいなりさんを売りに来る。声が近くになり、また遠くなってゆく。狐寿司はうまいだろうな。