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しんぱん ほうろうき

新版 放浪記

林 芙美子

「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 页

青空文庫

只それが知りたいだけだ

人非人と同様の土ぼこりの中に

視力の近い虹の世界が

いっぱい蝸牛をふりおとしている

一つ一つ転げおちて草の葉の露と化して

茫の世界に消えてゆく

悪企みは何もないもろい生き方

血と匂いを持たぬ蝸牛の世界

ああ夢の世界よ

夢の世のぜいたくな人達を呪う

何のきっかけもない暑い夕陽の怖ろしさ。

私はぱりぱりに乾いてゆく傘の下で、じいっと赤い夕陽を眺めていた。

*

(九月×日)

飲食店にはいって、ふっと、箸立ての汚ない箸のたばを見ると、私には卑しいものしかないのを感じる。人の舌に触れた、はげちょろけの箸を二本抜いて、それで丼飯を食べる。まるで犬のような姿だ。汚ないとも思わなくなってしまっている。人類も何もあったものではない。只、モウレツに美味いと云う感覚だけで鰯の焼いたのにかぶりつく。小皿のなかの水びたしの菜っぱの香々。

いつまでも私は不安だ。卑しくて犬のように這いずりまわっているくせに、もう、死んでしまいたいと思うくせに、誰かをだましてやろうと思っているくせに、私には何の力もない。袖口も、襟もとも垢でぴかぴか光っている。いっそ裸で歩きたい位だ。