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しんぱん ほうろうき

新版 放浪記

林 芙美子

「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 页

青空文庫

キハツ油も買いたい。朝がえりの学生があると見えて、スリッパを鳴らして二階へ上ってゆく足音がする。ここから吉原まではさほどの道のりでもあるまい。吉原では女をいくら位で買ってくれるものかと思案してみる。

さて、朝になれば、いよいよまた活動出発の用意。雀がよく鳴いている。上々の天気。硝子窓から柿の葉が覗いている。台所の方で小さい唄声がきこえる。私はふっと思いついて、この下宿の女中になれぬものかと思う。客部屋から女中部屋に転落してゆくだけだ。給料はいらない。ただ食べさせてもらって雨露をしのげればいい。この部屋の先住の英文科の帝大生が壁にナイフで落書をしている。エデンの園とは? 私も知らない。この気取りやさんは、落第をして郷里に戻って行ったのだそうだけれども、私には戻ってゆく故郷もない。

ダダイズムの詩と云うのが流行っている。つまらない子供だましみたいな詩。言葉のあそび。血が流れていない。捨身で正直なことが云えない。只、やぶれかぶれだけ。だから私も作ってみようと眼をつぶって、蝙蝠傘と烏と云う詩をつくってみる。眼をつぶっていると、黒いものからぱっぱっと聯想がとぶ。