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しんぱん ほうろうき

新版 放浪記

林 芙美子

「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 页

青空文庫

おかしなことばかり考える。まず、第一に匂いの思い出が来る。それから水っぽい涙が鼻をならしに来る。わにに喰いつかれたような、声も出ない悲鳴が出て来る。私の乳房が千貫の重さで、うどん粉の山のようにのしかかっている。手の爪に白い星が出ている。いい事があるのだそうだけれど信じない。シーツなぞ長いこと敷いたことのない敷蒲団に、私はなまぐさく寝ている。これが本当のエデンの園です。蒲団は芝居ののぼりでつくった、まことにしみじみとするカンヴァスベッド。

感化院出の誰の誰

許して下さいと云う言葉を日にいくど

頂戴とか下さいとか

雨のなかに立って物乞う姿

不安な呻吟

世の誰とも連絡がない。

感化院出の芙美子さん

人間ではない氷のかたまり

十九世紀の日本語の飴

眼がまわりますね

道中があぶない?

何をおっしゃいますやら。

感化院は官立

帝国大学も官立さ

ただそれだけの違いだよ。

襖が一寸ほど開いた。若い男がのぞいている。だれ? あわてて襖がしまる。ここは郵便局じゃございませんだ。

私と寝たいのならさっさと這入っていらっしゃい。

起きるなり、顔も洗わないで戸外へ出る。黄いろいペンキ車をひいて、意気な牛乳屋さんが通る。