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しんぱん ほうろうき

新版 放浪記

林 芙美子

「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 页

青空文庫

どうしたらいいのか私にはわからない。この男と一生連れそってゆくうちには、はがねのようにきたえられて、泣きも笑いもしない女に訓練されそうな気がして来る。私はふところへいれて来た玉子をむいて、母へもう一つ食べなさいと口のそばへ持って行ってやった。もうほしゅうないと云うので厭な気持ち。むりやり食べさせる。

私は歩きながら、ふっと、前に別れた男のところへ行って十円程金をかりようかと思った。芝居をしていたひとなので、旅興行にでも出ていたらおしまいだと思ったけれども、運を天に任せて渋谷へ出て、それから市電で神田へ出てみる。街は賑やかで、何処も大売出し。明るい燈火が夜空にほてっている。停留所のそばには、団扇だいこを叩いてゆく人達がいた。レディメイドの洋服屋が軒なみに並んでいる。母は茶色のコオールテンの上下十五円の服を手にして、お父さんに丁度よかねと、いっとき眺めていた。金さえあれば何でも買えるのだ。金さえあればね。

私は洋服を見たり、賑やかな神保町の街通りを見たりして、仲々考えがさだまらなかった。やっとの思いで母を通りに待たせて、そのひとの家へ行ってみる。路地をはいると魚を焼く匂いがしていた。