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しんぱん ほうろうき
新版 放浪記
林 芙美子
「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 页
義父は夜遊びに行って留守。ばくちに夢中で、この頃は仕事もそっちのけで、借銭ばかりで夜逃げでもしなければならぬと云う。
私は、帯をといて、はだかで熱い畳に腹這う。上りの荷物列車が光りながら窓のさきを走っている。家がゆれる。
押入れも何もない汚ない部屋。
(八月×日)
愛する者よ。なんじらこの一事を忘るな。主の御前には一日は千年のごとく、千日は一日のごとし。壁に張りつけてある古い新聞紙にこんな宗教欄がある。愛する者よ。か、汚穢にまみれ、いっこうにぱっとしない人生、搗き砕かれた心が、いま、この天井の低い部屋の中で眼をさます。一晩中、そして朝も、休みなく汽車が走っている。魚の町と云う小説を書きたくなる。階下の親爺さんと義父は連れだって出たまま今朝も戻っては来ない。
朝日が北の壁ぎわにまで射し込んで暑い。線路の堤にいちめんの松葉ぼたんの花ざかり。煎りつくように蝉が鳴きたてている。
昼過ぎの汽車で宮様が御通過になる由にて、線路添いの貧民窟の窓々は夜まで開けてはならぬ、と云うお達しが来る。干し物も引っこめるべし、汚れものを片づけるべし。母は物干台を片づけ、ぞうりをはいて屋根瓦の掃除をしている。