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しんぱん ほうろうき
新版 放浪記
林 芙美子
「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 页
それにしても、このあたりの森閑とした邸のかまえは、いかなる幸運な人々の住居ばかりなのかと不思議に思える。朝から琵琶を鳴らし、ピヤノを叩いているひっそりした階級があるのだと思うと、生れながらの運命をつかんでいる人達なのであろう。――昼から新聞の発送。
新聞の青インクが生かわきなので、帯封をするたびに、腕から手がいれずみのように青くなる。大正天皇と皇太子の写真が正面に出ている。大正天皇は少々気が変でいらっしゃるのだという事だけれども、こうしてみると立派な写真なり。胸いっぱいに、菊の花のようなクンショウ。刷りが悪いので、天皇さまも皇太子も顔じゅうにひげをはやしたような工合に見える。
のりをつけるもの、帯封を張るもの、県別に束ねるもの、戸外へ運び出すもの、四囲はほこりがもうもうとして、みな、たすきがけで、手拭の姉様かぶり。発送が手間取って、全部済んだのが五時過ぎ。そばを一杯ずつふるまわれて昏い街へ出る。池田さんは芝居に遅れたとぷりぷりして急いで戻って行った。
四谷の駅ではとっぷり暗くなったので、やぶれかぶれで、四谷から夜店を見ながら新宿まで歩く。
家へ帰る気がてんでしないのだ。