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しんぱん ほうろうき
新版 放浪記
林 芙美子
「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 页
「まだかね?」
時々、お母さんへ声をかけてやる。人間がしゃがんでいるかっこうというものは、天子様でも淋しいかっこうなんだろう。皇后さまもあんな風におしゃがみなのかねえ。金の箸で挾んで、羽二重の布に包んで、綺麗な水へぽちゃりとやるのかもしれない。
俺とお前は枯れすすき、花の咲かない枯れすすき……。大きい声で唄う。全く惚々するような声なり。おいたわしやのこの人なき真昼。窒息しそうだなぞと云っても、こんなに沢山空気があっては陽気にならざるを得ない。只、空気だけが運命のおめぐみだ。
絶世の美人に生んでくれないのがあなたの失策さ……。何処にでもあるような女なんか、世の中はみむいてもくれないのさ。
「ああ、やっと出た」
「沢山かね?」
「沢山出たぞ」
お母さんは立ちあがって、ゆっくり裾をおろした。
「えらい見晴しがいいのう」
「こんなところへ、小舎をたてて住んだらいいね」
「うん。夜は淋しいぞ……」
用を達して気持ちがいいのか、母は私の横へ来て、セルロイドの歯のかけた櫛で髪をときつける。
大宮の町へ行って銭湯にはいりたくなった。下駄をぬぐと、鼻緒のところをのこして、象の足のように汚れた足。