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しんぱん ほうろうき

新版 放浪記

林 芙美子

「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 页

青空文庫

遠くで青空をつげる鶏の声がしている。朗かな夏の朝なり。昨夜の汚ない男の情熱なんかケロリとしたように、風が絹のように音をたてて流れてくる。この男があの人だったら……コッケイな男の顔を自動車に振り捨てたまま、私は泥んこの道に降り歩いた。紙一重の昨夜のつかれに、腫れぼったい瞼を風に吹かせて、久し振りに私は晴々と郊外の路を歩いていた。――私はケイベツすべき女でございます! 荒みきった私だと思う。走って櫟林を抜けると、ふと松さんがいじらしく気の毒に思えてくる。疲れて子供のように自動車に寝ている松さんの事を考えると、走って帰っておこしてあげようかとも思う。でも恥かしがるかもしれない。私は松さんが落ちついて、運転台で煙草を吸っていた事を考えると、やっぱり厭な男に思え、ああよかったと晴々するなり。誰か、私をいとしがってくれる人はないものかしら……遠くへ去った男が思い出されたけれども、ああ七月の空に流離の雲が流れている。あれは私の姿だ。野花を摘み摘み、プロヴァンスの唄でもうたいましょう。

(八月×日)

女給達に手紙を書いてやる。

秋田から来たばかりの、おみきさんが鉛筆を嘗めながら眠りこんでいる。