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いちかわくめはち

新編 近代美人伝 (下)

長谷川 時雨

長谷川時雨『新編 近代美人伝 (下)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:市川九女八、江木欣々女史、遠藤(岩野)清子、大塚楠緒子、九条武子、朱絃舎浜子、田沢稲船、柳原燁子(白蓮)、モルガンお雪。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 138,172 字 · 277 页

青空文庫

何しろ、樺太で、蟹の缶詰で一儲けしようと思ったのだが――蟹はあるが、缶の方がうまくいかなかったんだ。」

彼はてれくさく、笑いながら言った。

――良いところのある人だ――

清子は頬をおさえた手に、頬骨がさわる気がした。毎朝見る鏡に、眼ばかり大きくなってゆくのがわかるのだが、こう段々に、夜が苦しいものになって来ては堪らないし、眼のさめた瞬間の心さびしさも、朝々ごとに、たまらないものに思った。

腕力をもってくるなら、反抗する決心もあるが、沁々と訴えられるのは愁い。自分の思想を守るのに、そんなことで屈伏したり、陥落は出来ないとも思った。

最初の「霊の恋」の対手の男は、もう、すっかり醒めてしまっているのに、

「あなたは、泡鳴氏と、もう結婚したのですか。」

と、この同棲の新居へ訪ねて来て言った。

「どうとも、あなたの御想像にまかせます。」

と答えただけで、並んで月を見た。泡鳴もそれを見ていた。あとで嫌味をいったが、十月の冬の月は、皎々と冴え渡っていた。

お互の胸は、月と我々との距離だけの隔りを持っていると、その時はっきりそう思った。その男への執着でなく、霊の恋の記念のものだけが焼きすてかねて、再び見まい、手にも触れまいと、一包にくくって、行李の底に押籠んでしまった。