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たびだち

旅だち

豊島 与志雄

――近代説話――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,059 字 · 24 页

青空文庫

狭い階段を上って、会場の入口まで来ると、もう中では何か初まっていることが分りました。保科が敏子を先にはいらせようとするのを、敏子は身を避けて、保科を先にはいらせ、ちょっと間を置いて、そっと扉を閉めました。そして敏子は、そのまま引き返して、立ち去りました。

四月の下旬は夢のように過ぎ去りました。

縁談の話が出ると、敏子は母へ言いました。

「だって、まだ五月五日になりませんもの。」

「どうして五月五日なんですか。」

「そうきめたこと、お母さまに言いましたでしょう。」

「いいえ、そんなこと聞きませんよ。」

母は怪訝な面持ちでありました。けれど母の方では、五月五日のお節句のことに、前々から気を配っていました。燃料は不足だけれど、せめて家の風呂をわかして、菖蒲湯をたてようとか、粽はだめだとしても、せめて柏餅だけは拵えたいとか、戦争もすんだこととて、古い武者人形を少し飾ってはどうだろうかなどと、夕食のつどいに話したりすることがありました。そのお節句と敏子の五月五日とが、どういう関係なのか、母にはさっぱり見当がつきませんでした。それも当然なことで、敏子にとっても、そんな関係などは何もありませんでした。