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たびだち

旅だち

豊島 与志雄

――近代説話――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,059 字 · 24 页

青空文庫

敏子の方には殆んど注意を向けていないかのようでした。

敏子の方も、彼に注目していたわけではありませんでした。伏目がちにしとやかに座っていて、副島の伯母さんの話相手になりながら、茶菓を弄んでいました。そしてただ時折、ちらりと、視線を彼の方へ向けました。視線を動かすのは悪戯めいた心持ちでしたが、視線そのものは一座の虚を衝き隙間を縫って、いろいろなものを捉えました。

――あの人、あれで退屈でないのかしら。

それが結論でした。そして敏子はもう、視線の悪戯に自ら退屈しはじめました。新たに三人の来客があった機会に、席を立って茶の間の方へ退き、くすりと笑いました。

後からついて来た母は、敏子の快活らしい様子を見て、安心の笑顔をしました。そして副島の伯母さんから、茶の間で親しいもてなしを受け、夜分は不用心なので明るいうちに辞し去りました。

それまでは順調に運びましたが、それから先がすっかり曖昧になってきました。縁談については、どうとも思いようも考えようもないというのが敏子の返事で、当の筒井直介については、人形のようにりっぱな人というのが、敏子の返事でした。それだけでは、話を進めるわけにもゆかず、打ち切るわけにもゆきませんでした。