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たびのたびのたび
旅の旅の旅
正岡 子規
「日本」1892(明治25)年10月31日から四回
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,120 字 · 10 页
うやうやしく祠前に手をつきて拝めば数百年の昔、目の前に現れて覚えずほろほろと落つる涙の玉はらいもあえず一もとの草花を手向にもがなと見まわせども苔蒸したる石燈籠の外は何もなし。思いたえてふり向く途端、手にさわる一蓋の菅笠、おおこれよこれよとその笠手にささげてほこらに納め行脚の行末をまもり給えとしばし祈りて山を下るに兄弟急難とのみつぶやかれて
鶺鴒やこの笠たゝくことなかれ
ここより足をかえしてけさ馬車にて駆けり来りし道を辿るにおぼろげにそれかと見し山々川々もつくづくと杖のさきにながめられて素読のあとに講義を聞くが如し。橋あり長さ数十間その尽くる処嶄岩屹立し玉筍地を劈きて出ずるの勢あり。橋守に問えば水晶巌なりと答う。
水晶のいはほに蔦の錦かな
南条より横にはいれば村社の祭礼なりとて家ごとに行燈を掛け発句地口など様々に書き散らす。若人はたすきりりしくあやどりて踊り屋台を引けば上にはまだうら若き里のおとめの舞いつ踊りつ扇などひらめかす手の黒きは日頃田草を取り稲を刈るわざの名残にやといとおしく覚ゆ。
刈稲もふじも一つに日暮れけり
韮山をかなたとばかり晩靄の間に眺めて村々の小道小道に人と馬と打ちまじりて帰り行く頃次の駅までは何里ありやと尋ぬれば軽井沢とてなお、三、四里はありぬべしという。