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たびやくしゃのつまより
旅役者の妻より
矢田 津世子
「文学界」1934(昭和9)年8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,566 字 · 14 页
いかに落ちぶれたとて生れた土地だもの、岡村の家へは頓着なしに是が非でも皈ろうと意気まく良人をなだめて父の許へ無心のたよりをやりましたところ、母の名前でこっそり十円、別に小豆だの小麦粉だのを、親爺さんには言わんといて、と副え書きして送ってくれました。どうせ店にある品故、こうして時折り送りたいとは思うのだが親爺さんの頑固がいまにとけず、この十円をまとめるのも並大抵の苦労ではなかった、と母のたより、ただただ有りがたさで胸のふさがる思い。その金で養生をします内、何んとした不仕合せなことか鶴江がチブスみたようになり一時はとても難かしく、病める父と病める母が交る交る抱いて明しましたのも幾夜でしょう。太夫元からは鶴ちゃんの病状が病状故若し避病院へでもやられては興行をさし止められるから、とて医者にかけるのを拒まれたり、そのつらさといったら申し様もございません。
その上に、あね様、わたくしと鶴江の病気のみなればまだしもですが、肝心働き手の良人に寝つかれてしまっては……当分は体がほんものにならぬとみてとるや、今日の物価の高いのに親子三人を遊ばせて食わせておくのを怖れた座元は、何んたる無情でしょう、南那珂郡福島という地、日向の南のはずれ大隅と隣接する一寒村に我々を置き去りにし、自分らのみ鹿児島へと乗りこんでしまいました。