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りょかんについて
旅館について
山本 周五郎
「朝日新聞 PR版」1965(昭和40)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,912 字 · 16 页
私の顔を眺めたのは、私が見せようとしたからなのであって、彼がそのことに些かの好奇心も、熱意も持っていなかったことは明白であった。
「さあ」とその若い番頭さんは云った、「わたしは交代したばかりでわからないんですが」
私は礼を述べ、彼をひきとめたことの詑びを云って彼と別れた。
私はほかにどうしたらよかったろうか。そういう大きな立派な旅館、サービス・スタッフの熟練しゆき届いた応接。さすがにわが好もしき宿舎であることに間違いはないが、同伴者の所在が不明であり、それにスタッフの交代という条件の輪を掛けて、私を孤立させてしまったのである。私はその立派で大きな建物構造を心の中で罵り、また元の座敷へ帰ったが、なおみれんがましく窓から首を出し、例の樫の若木の、これと覚えのある枝ぶりのあたりに向かって、「のぶちゃーん」とか「くにのりー」などと叫んでみた。
「だめだな」と呟いた、「きっと三人とも蒸発しちゃったんだろ」
私は夜具の上に坐り、水割りのグラスを取って啜り、そうして旅館のマンモス化と、消えてしまった三人について、老いぼれたやもめ男のような、湿っぽい怒りとかなしみにとらわれた。