轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
うえの
日和下駄 一名 東京散策記
永井 荷風
永井荷風『日和下駄 一名 東京散策記』。同一底本的分册已合并为一书。收入:上野、巷の声、帝国劇場のオペラ、百花園、申訳。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,955 字 · 70 页
そもそも僕が始て都下にカッフェーというもののある事を知ったのは、明治四十三年の暮春洋画家の松山さんが銀座の裏通なる日吉町にカッフェーを創設し、パレット形の招牌を掲げてプランタンという屋号をつけた際であった。僕は開店と言わずして特に創設という語を用いた。如何となれば巴里風のカッフェーが東京市中に開かれたのは実に松山画伯の AU PRINTEMPS を以て嚆矢となすが故である。当時都下に洋酒と洋食とを鬻ぐ店舗はいくらもあった。又カウンターに倚りかかって火酒を立飲する亜米利加風の飲食店も浅草公園などには早くから在ったようであるが、然し之を呼ぶにカッフェーの名を以てしたものは一軒もなかった。カッフェーの名の行われる以前、この種類の飲食店は皆ビーヤホールと呼ばれていた。されば松山画伯の飲食店は其の実に於ては或は創設の功を担わしめるには足りないかも知れぬが、其の名に於ては確に流布の功があった。当時都人の中にはカッフェーの義の何たるかを知らず、又これを呼ぼうとしても正確にFの音を発することのできない者も鮮くなかった。然るに二十年後の今日に到っては日本全国ビーヤホールの名を掲げて酒を估る店は一軒もなく、父も滑に Caf※(アキュートアクセント付きE小文字) の発音をなし得るようになった。