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にほんにおけるしぜんじだいのれきしけんきゅうについて
日本における史前時代の歴史研究について
喜田 貞吉
「史前学雑誌 第一巻第一号」1929(昭和4)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,520 字 · 13 页
かくて一方には立派に有史時代が出現して、はでやかな文化の花が咲き盛っているような同じ年代に、一方にはまだ原史時代どころか、石器時代の遺物・遺蹟を後に止めたという以外、何物をもわれらに遺しておらぬ多数の民衆が、はなはだ多く存在していたのであった。応神天皇、吉野宮に幸し給うや、国栖人始めて来朝した〔(「応神記」十九年条)〕とある。彼らは天皇歴代のお膝元たる大和平野に近く住んでいても、峯嶮しく谷深くして、道路狭くさがしく、ゆえに都に遠からずといえども、本より朝来すること稀なりとある。大和平野にはすでにあれだけの大陵墓を築造し、あれだけの副葬品を埋蔵し、史部なる記録係の官吏もあり、使者をシナ南朝に遣わして技師を招聘したという応神天皇の御代においても、山一つ南にはいまだなんら平地の文化に触れることなく、太古のままの山人生活をなしていた人達が住んでいたのであった。いわんや中央から遠く離れた僻陬の地が、久しく史前時代の状況に取り遺されておろうことは、何人も容易にうなずかれるところであろう。
幸か不幸かわが国には人類の来り住んだことが遅かったらしい。したがって、もちろんそこに原人などと言われるものの蹟を尋ねてみる面倒もなさそうだ。