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にほんにおけるくりっぷんじけん

日本に於けるクリップン事件

谷崎 潤一郎

「文藝春秋」1927(昭和2)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,290 字 · 21 页

青空文庫

犬は階下の西洋間の方に、鎖を以て繋がれていたので、その鎖の一端は、窓の格子に絡ませてあった。しかしながら、狼犬が狂い立った場合に、その鎖を絶ち格子を捩じ曲げることは困難でないと断定された。いわんやその部屋には鍵をかける設備がなかった。そして扉のハンドルも十分廻してあったかどうか疑わしく、ここらが小栗の油断であった。要するにそこを飛び出した犬は、二階へ上って、訳なく日本間の襖を外した。

馬方のほかにB家の主人、歌劇団の俳優、神戸の犬屋、その他村の人たちが証人として調べられたが、彼等の陳述は小栗の言葉と一致していた。小栗はせめて、自分の手を以て最愛の女の仇を報じたいという希望を述べた。彼の願いは同情を以て聴き届けられ、彼は警官のピストルを借りて、その場で犬を射殺してしまった。事件はかくの如くにして落着を告げ、その日の夕刊には、「犬に食い殺された女」、「歌劇女優犬に殺さる」、「夫は変態性慾者」等の数段に亙った記事が現われて、この驚くべき夫婦の秘密が明るみへ曝し出されたけれども、それもほんの五六日世間の視聴を集めただけで、次第に忘れられたのであった。

ところで、読者諸君のうちには、その後約五箇月を経た同年八月中頃の二三の新聞に、「人形を入れた不思議な行李」