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にほんにおけるくりっぷんじけん
日本に於けるクリップン事件
谷崎 潤一郎
「文藝春秋」1927(昭和2)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,290 字 · 21 页
(散々人形をいじくり廻して、使えるだけ使ってから、それをごみ溜めへ捨てるのである。)相手は油断しているのだから、乗ずる隙は幾らでもある。そのことは訳なく実行される。そうして世間は、彼の如く女に柔順であった男に、何等の疑いをも挟まない。現にクリップンがそうであった。あのように細君のわがままをおとなしく怺えた紳士が、恐ろしい罪を犯すはずはないという風に、一時は思われたのであった。
クリップンは最後まで自白しなかったので、彼がいかなる時と場合に、いかなる手段でコーラを殺したかは、遂に今日に至るまで知られていないが、ただ英国の法廷は、コーラが見えなくなったこと、地下室の床下から一箇の肉塊が現われたこと、クリップンが突然情婦を男装させて逃亡を企てたこと、彼が知り合いの薬種商から、性慾昂進剤として徐々に多量の劇薬を買い求めつつあったこと、及び肉塊の内臓にそれと同じ劇薬が含有されていたことなどから、コーラを毒殺したものとして彼に死刑の判決を与えた。しかしながら当時の科学の程度では、地下室の肉塊がコーラの死屍の一部分であることを学問的に立証することは至難であった。