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うつりが
日本の文学 8 田山花袋 岩野泡鳴 近松秋江
近松 秋江
近松秋江『日本の文学 8 田山花袋 岩野泡鳴 近松秋江』。同一底本的分册已合并为一书。收入:うつり香、黒髪、狂乱、霜凍る宵。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 152,306 字 · 300 页
小村のいった毘沙門前の停留場というのは、大津街道の追分からすこし行くとすぐなので、そこで電車を降りて、踏切番をしている女に小山というところへ行くのはどう往ったらよいかと訊ねると、女は合点のいかぬように、
「小山はここから五、六町やききまへんなあ。あこに見えるのが小山どすよって、一里もっとおすやろ」といって指さす方を見ると、田圃の向うの逢阪山の峰つづきにあたる高い山の麓の方に冬の日を浴びて人家の散らばっている村里がある。私は、あそこまでは大変だと思いながら、
「そうですか、毘沙門前の停留場を降りてすぐ五、六町ときいたのですが」と、私は繰り返して独り言を言ってみたが、踏切りの番の女は、ただ、
「ちがいますやろ」
とばかりでしかたがない。そして、自分ながら阿呆な訊ねようだと思ったが、もし京都からかくかくの風体の者で病気の静養に来ている者がこの辺の農家に見当らないであろうかと問うてみたが、それもやっぱり、
「さあ、気がつきまへんなあ」で、どうすることも出来ない。
しかたがないから、私はそこから大津街道の往来の方に出て、京都から携えてきた寿司の折詰と水菓子の籠とを持ち扱いながら、雲を掴むようなことを言っては、折々立ち止まって、そこらの人間に心当りをいって問い問い元気を出して向うの山裾の小山の字まで探ねて往った。