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しゅんせつせん

日本プロレタリア文学集・8 葉山嘉樹集

葉山 嘉樹

葉山嘉樹『日本プロレタリア文学集・8 葉山嘉樹集』。同一底本的分册已合并为一书。收入:浚渫船、乳色の靄、生爪を剥ぐ、労働者の居ない船、坑夫の子。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,935 字 · 73 页

青空文庫

吉田の老い衰えた母は、蝸牛のように固くなって、耳に指で栓をして、息を殺していた。

ひどい急坂を上る機関車のような、重苦しい骨の折れる時間が経った。

毎朝、五時か五時半には必ず寄る事になっている依田は、六時になるに未だ来なかった。

――依田君。六時まで、三時から君を待ったが、来ないから、僕はM署へ持って行かれることにする。いずれは君にもお鉢が廻るんだろうが、兎に角警戒を要する。皆やられたんじゃ仕方がないからな。それから、こんな事は云えた義理ではないんだが、僕の留守の者たちの事も気にかかる。若し、出来ればおふくろや子供の面倒を見てやって貰いたい。自重健闘を祈る。――

吉田は、紙切れに鉛筆で走り書きをして、母に渡した。

「これを依田君に渡して下さい。私はちょっと行って来ますから。心配しないで下さいね。大丈夫だから」

老母の眼からは、涙が落ちた。

吉田は胸が痛かった。おそろしい悲しみと、歯噛みしたいような憤怒とが、一度に彼の腹の底からこみ上げて来た。

が、吉田はすべての感情を押し堪えて、子供を背中に兵児帯で固く縛りつけて、高等係中村と家を出た。

子供は、早朝の爽やかな空気の中で、殊に父に負ぶさっていると云う意識の下に、片言で歌を唄いながら、手足をピョンピョンさせた。