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にほんふどうき

日本婦道記

山本 周五郎

忍緒

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,672 字 · 20 页

青空文庫

思うことをまさしく伝えようとするには文字ほどたのみにならぬものはない、書いては消し、綴ってはやぶりして、ようやく文をむすんだのは短い夏の夜がもうしらじらと明けそめる頃だった。――ああもう夜が明けるのか。ほんのりとあかるみだした障子の色に気づいて、そう呟いたかの女は、手紙の封をするとしずかに立って庭へ出ていった。

城下の街はまだ暗く、刀根川の流れも濃い朝もやの下に眠っていたが、赤城山の嶺はすでに茜に染まり、高い空のどこかで鳥の囀りが聞えていた。この城は山地につづいているので、夏の朝のさわやかな風には、樹々の葉のあまい匂と爽やかな花の香がほのかにしみこんでいる、松子はふさがれていた胸がひらけるような気持で、奥庭から外曲輪のほうへあるいていった。すると城の正門を見おろす台地へかかったとき、大手の広場を城門のほうへと疾駆して来る二騎の武者があるのをみいだした。――こんな時刻になにごとであろう。そう思ってよく見た、二騎ともこの城の者でないことはたしかである、朝霧のなかを、いちど城壁の蔭へはいり、それからまさしく城門へかかるようすだった。――良人からの急使ではあるまいか。