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やせがまんのせつ

明治十年丁丑公論・瘠我慢の説

石河 幹明

石河幹明『明治十年丁丑公論・瘠我慢の説』。同一底本的分册已合并为一书。收入:瘠我慢の説、瘠我慢の説。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,475 字 · 21 页

青空文庫

瘠我慢の説

瘠我慢の説は、福沢先生が明治二十四年の冬頃に執筆せられ、これを勝安芳、榎本武揚の二氏に寄せてその意見を徴められしものなり。先生の本旨は、右二氏の進退に関し多年来心に釈然たらざるものを記して輿論に質すため、時節を見計らい世に公にするの考なりしも、爾来今日に至るまで深く筐底に秘して人に示さざりしに、世間には往々これを伝うるものありと見え、現に客冬刊行の或る雑誌にも掲載したるよし(栗本鋤雲翁は自から旧幕の遺臣を以て居り、終始その節を変ぜざりし人にして、福沢先生と相識れり。つねに勝氏の行為に不平を懐き、先生と会談の語次、ほとんどその事に及ばざることなかりしという。この篇の稿成るや、先生一本を写し、これを懐にして翁を本所の宅に訪いしに、翁は老病の余、視力も衰え物を視るにすこぶる困難の様子なりしかば、先生はかくかくの趣意にて一篇の文を草したるが、当分は世に公にせざる考にて人に示さず、これを示すはただ貴君と木村芥舟翁とのみとて、その大意を語られしに、翁は非常に喜び、善くも書かれたり、ゆるゆる熟読したきにつき暫時拝借を請うとありければ、その稿本を翁の許に留めて帰られしという。