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やせがまんのせつ
明治十年丁丑公論・瘠我慢の説
石河 幹明
石河幹明『明治十年丁丑公論・瘠我慢の説』。同一底本的分册已合并为一书。收入:瘠我慢の説、瘠我慢の説。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,475 字 · 21 页
静に余生を送るの決断に出でたらば、世間においても真実、天下の為めに一身を犠牲にしたるその苦衷苦節を諒して、一点の非難を挟むものなかるべし。
すなわち徳川家が七十万石の新封を得て纔にその祀を存したるの日は勝氏が断然処決すべきの時機なりしに、然るにその決断ここに出でず、あたかも主家を解散したるその功を持参金にして、新政府に嫁し、維新功臣の末班に列して爵位の高きに居り、俸禄の豊なるに安んじ、得々として貴顕栄華の新地位を占めたるは、独り三河武士の末流として徳川累世の恩義に対し相済まざるのみならず、苟も一個の士人たる徳義操行において天下後世に申訳あるべからず。瘠我慢一篇の精神も専らここに疑を存しあえてこれを後世の輿論に質さんとしたるものにして、この一点については論者輩がいかに千言万語を重ぬるも到底弁護の効はなかるべし。返す返すも勝氏のために惜しまざるを得ざるなり。
蓋し論者のごとき当時の事情を詳かにせず、軽々他人の言に依て事を論断したるが故にその論の全く事実に反するも無理ならず。あえて咎むるに足らずといえども、これを文字に記して新聞紙上に公にするに至りては、伝えまた伝えて或は世人を誤るの掛念なきにあらず。