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むかしのおもいで

昔の思い出

宮本 百合子

「文章倶楽部」1926(大正15)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,174 字 · 5 页

青空文庫

そういう場合、あの自分だけの書斎は、私のために大変役立った。

此の間引越しの時、古い原稿を取出して、読み返して見るのはかなり面白かった。

その中に、「錦木」という題で、かなり長い未完のものがでてきたので、私はふっと、可愛らしい思い出を誘われた。それはこうである。私が源氏物語を読んだのは、与謝野さんの訳でではあったが、あの絢爛な王朝文学の、一種違った世界の物語りや、優に艷めかしい插画などが、子供の頭に余程深く印象されたものらしい。そしてそれに動かされて書いたのがこの「錦木」だったのである。その「錦木」というのは奥州の方の話で、一人で美しい女に思いを寄せた男は、必ず申込みの印に「錦木」という木の枝を、その女の門口にさしておくという風習があって、その枝が取入れられれば承知したことになり、若し女が承知しない時には、後からあとから、幾本かの錦木が立ち並んだままに捨てて置かれるという話を書いたもので、そのあたりの様子や、女の家の中の生活のことなど、非常に繊細な描写がしてあって、長々と書いてある具合から何から、すっかり、源氏物語りに影響されて書いたことが判然している。