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せいざ

星座

有島 武郎

1922(大正11)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 118,460 字 · 235 页

青空文庫

十九の女に恋がない……彼は何を考えていたのだろうと思った。

彼はおぬいさんを見やりながら、

「おぬいさん」

と呼んだ。彼はばかばかしい嫉妬の情の中にも、自分の声に酔いしれたようになった。おぬいさんに向ってその名を呼びかけたのはこれが始めてなのだ。

「あなたは今の話で涙が出るといいましたが、……あなたにもそんな経験があったんですか」

今度はとっちめてみせるぞ。

即座に、

「いいえ」

と答えた彼女の答えは、少しの隠しだてもなく、きっぱりとしたものだった。渡瀬は明かにそれを感じないではいられなかった。何んという、簡単な敗北を見なければならないだろう。あまりに簡単だ。しかしあまりに明快だ。何もかも素直に投げだして、背水の陣を布いたらしく見える彼女を思うと、渡瀬はふと奇怪な涙ぐましさをさえ感じた。渡瀬はもとよりおぬいさんを憎んでいるのではない。けれども一日おきに向い合っているうちに、二人の距離と、彼自身の中に否応なしに育っていく無体な欲念との間に、ほとんど憎しみともいえそうな根深い執着を感じはじめていた。ある残虐な心さえ萌していた。けれどもおぬいさんと面と向って、その清々しい心の動きと、白露のような姿とに接すると、それを微塵に打ち壊そうとあせる自分の焦躁が恐ろしくさえあった。