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えいがとみんぞくせい
映画と民族性
伊丹 万作
「映画評論」1944(昭和19)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,175 字 · 11 页
芸術とは民族の生活のうえに咲く花なのだ。
他国の人間のしり馬に乗つて、百姓の姿を醜く感じるようなものはないはずである。百姓の姿は醜く、背広を着た月給取りは美しいというのか。そして、貧しい勤労者の生活を描くことは恥辱で、富みてひま多き人種を描くことは光栄なのか。世界のどこに貧者のおらぬ国があろう。世界の経済は、そして国家の生活力はほとんど彼ら貧しいものの勤労によつて維持されているではないか。
かくのごとき重要なる国家の構成分子の生活を除外してどこに芸術があろう。日本には百姓もいない。貧者もいない。いるのは軍人と金持だけであり、それが立派な洋館に住み、洋服を着て椅子に腰掛け、動けば雄大なる構想をもつて大活躍を演ずるというのが彼らのいう外地向きの映画なのだ。このような映画の作れる人は作るがよい。私には不可能である。
ここで第二の意見の検討に移る。すなわち優秀なる映画さえ作れば、進出は期して待つべしという説である。なるほどこの説はある程度まで正しい。しかし要するにある程度までである。
なぜか。今それを明らかにする。芸術が民族の生活のうえに咲く花だということを私はすでにいつた。