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えいがのもつぶんぽう
映画のもつ文法
中井 正一
「読書春秋」1950(昭和25)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,433 字 · 5 页
たといナラタージュで作者が文句をいっても、観衆はやはり勝手に、自分の目で見たものを勝手に自分がつないで見ていくのである。
この映画の文法に繋辞が欠けていることは、個人的芸術を守る人々からは、それをもってそれが非芸術だという根拠となるのであろう。また集団的芸術を許す人々にとっては、このことが新しい芸術としての一つの大きな特徴ともなるのであろう。
映画が、物質の眼、レンズで見た表象を無条件に、人間のもつ表象であるとして、言語に代わるものとすることがすでに、最初の冒険である。その次は、創る人が決して個人でなく、したがって、個人の言葉でなく、集団の創作としてそれが構成されていることが、第二の冒険である。
そしてさらに、これらの創作物を、つなぐ繋辞を失って、大衆のつなぐままに、すべてのカットをほりださなければならない映画の構造は、実に新しい文法を創りつつある生成物なのである。創作の最後の仕上げを大衆にゆだねなければならない芸術として、それは第三の冒険を試みつつある。
もはやいずれの美学も、この素材の前には古い色あせたものであって、はるかに個人文化を越えた集団単位の文化の軸の上に、この芸術は、その言語構造と文法と、秩序をみずから創りつつあることを認めなくてはならないのである。